『学長対談』
中島 廣光 学長
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平田オリザ 学長
(芸術文化観光専門職大学 学長/劇作家)
※コロナに対する万全の対策を経て実施しました。
中島廣光学長(左)と平田オリザ学長(右)
(※撮影時のみ、マスクを外しています)
中島: はじめまして。中島です。本日はようこそ鳥取大学へお越しくださいました。私の出身は東京ですが、研究者としての生活はこの鳥取大学で始まりました。専門は農芸化学、菌類・カビの研究です。その後は鳥取大学一筋、研究職から管理運営まですべての職階を経験し、現在は学長を務めています。
平田: はじめまして。劇作家の平田オリザです。私も昨年(2021年)4月から、お隣兵庫県の芸術文化観光専門職大学の学長に就任しました。それまでも城崎国際アートセンターの芸術監督を務めており、但馬の地には馴染みがありました。2年ほど前に豊岡に移住して、本格的に芸術文化と観光を学べる国内唯一の公立大学開学に伴い学長に就任、間もなく1年になります。
中島: 芸術と観光、というと、少し専門的な領域ですね。
平田: おかげさまで全国各地から優秀な学生さんが集まっています。全国に演劇部のある高校は2000校ほどありますが、その生徒さん達の進学先としても選ばれているようです。
中島: 1学年80名という規模感も、学生さん一人ひとりの把握が比較的容易になりそうです。
平田: 本学の特色として、1年生は全寮制です。観光とアートの専門職大学ですので、1年次からグループワークも多く採り入れています。
中島: 横のつながりも大切ですね。最近では共同生活など、少し苦手な学生さんもいらっしゃるのではないですか?
平田: 入試の段階から集団面接やグループワークを経ていますので、比較的コミュニケーション能力の高い学生さんが多く集まっています。1年次はリベラルアーツを中心に、2年次から順次、各専攻に分かれるスタイルです。
中島: 学生さんの出口としては、「演じる側」とそれを「支える側」のそれぞれがある、ということですね。
平田: 本学は俳優になる専門学校、という訳ではありません。でも、演劇やダンスを思い切りやって、なおかつ就職もちゃんとする、というコンセプトの大学であることを、説明し納得いただいた学生さんに来てもらっています。観光業というのは、今はコロナ禍で大変ですが、元々は潜在的に人手不足の業界です。地元城崎温泉などは、観光業に若い人を迎えたいとの希望がありますし、官公庁、文化財団なども、出口の選択肢として考えています。マスでキャリア教育を行う、というよりも、一人ひとりを大切にする大学です。
中島: 本学も同様に全国から学生さんが集まっているのですが、卒業後は出身地に帰る学生さんもいらっしゃると思います。地方への定住という観点からは、この点が悩ましいのですが。
平田: はい。この点は同様に悩ましいところですが、当然ながら、最終的には学生本人の意思を尊重することになります。地元に帰って出身地の観光業に貢献したいという学生さんも、もちろんいらっしゃいます。中には、海外で暮らした経験から、商店街の活性化のあり方やワークライフバランスについて本学でしっかり学んで、地元の地域貢献に生かしたい、という学生さんもいらっしゃいます。
中島: お聞きしていると、学生さん一人ひとりの「将来構想」がしっかりとしている印象です。
平田: 本学の場合、最初の卒業生が出るのは3年後ですが、「観光」「アートによるまちづくり」という専門職ですので、学生は皆入学当初から出口のイメージを抱いており、就職に結びつくのは比較的早いのではないかと思います。
中島: 一方、コロナ禍が長引き、大学生活も制約が多くなりました。
平田: どこも同じかと思いますが、本学でも海外留学は厳しい状況です。ただ、都市部の大学では演劇講義もすべてオンライン、というところもあるようですが、幸い本学の地域内では、工夫しながら実習などが行えています。
中島: 鳥取大学でも課外活動やボランティア活動など、学生の「体験」はとても大切だと考えています。学内だけでなく学外、海外へ出る。例年、海外実践教育として毎年協定校と学生同士の交流と経験を深めています。学生は多くの気づきを得て、帰国後のモチベーションにつながっています。
平田: 本学も、本来ならば台湾、ドイツなどのホテルや劇場で最大3か月程度の研修を実施予定です。
中島: 留学生の存在も大切です。通常は毎年200名を超える留学生を迎え、キャンパスが多様性で溢れます。1日も早くコロナが終息し、賑やかなキャンパスが戻ることを願っています。
中島: 一方で、この2年間、オンライン講義が主となってから、分かってきたことも多くあります。例えばオンデマンド講義で、何度も講義を視聴できる「振り返り」が容易になってきたことから、少し複雑な講義の場合は、「理解度が向上した」との声もあるようです。また、例えば地方ではなかなか得難い専門家による講義について、オンラインだと都心部の非常勤講師にも依頼しやすく実施が比較的容易、という、遠隔地の地方大学が抱えていた課題解決のメリットもあるようです。
平田: 観光についていうと、確かに今は大変な時代ですが、海外に出かけられない分、国内での「プチ贅沢」のニーズは高まっているように思います。一方海外からみると、日本はコロナ終息後に訪れたい、最も人気の観光地の一つです。日本の「安心」「安全」「清潔」というイメージが、更に海外に浸透したように思います。これからの観光は、いわば、日本の成長産業の一つ、といえます。
中島: コロナの終息後は、また違った観光のあり方も考えられそうですね。平田先生は著名な劇作家でもいらっしゃいますが、エンターテインメント産業の方はいかがですか。
平田: ご承知のとおり、コロナ禍で大変なダメージを受けました。全体規模で1兆円産業という決して大きくない市場ですが、この2年間、このうち年間7,000億円ずつが失われた計算になります。しかも、ライブエンターテインメントは「在庫」が抱えられず、代替性にも乏しいことから、失った消費は戻らないのです。このため、観光産業とは異なる視点での政策的な支援が必要になる領域です。
中島: 文化政策はとても大切ですね。地方都市には豊かな自然がある一方、都心部と比較するとどうしても文化的な脆弱性は否めない。エンターテインメントの都市部一極集中の解消も、これからの課題の一つです。文化的な刺激は若者にとっての魅力の一つで、とても重要ですね。
平田: 例えば豊岡市には最近Iターンが増えているのですが、同時にちょっと立ち寄りたくなるような、おしゃれなカフェなども増えています。
中島: 若い人達が楽しく過ごせるまちづくりも重要ですね。また、地方都市ならではの文化財をめぐる「保護」と「観光」の両立なども、大切な課題です。大学のある地方の「文化力を上げる」ためにはどのようにすればよいでしょうか。
平田: 例えば、本学のある豊岡市では、全小中学校で、演劇的手法を活用したコミュニケーション能力の向上などにも取り組んでいます。この取り組みは、地域の圧倒的な主産業である観光にも貢献すると考えています。また、海外からの富裕層を迎え入れる滞在型観光を受け入れるためには、エンターテインメントの存在がとても重要であることも、浸透してきています。
平田: 一般的に公立大学というと、看護とか福祉とか、「今」必要な人材を育成する大学が多いのですが、本学は、「地域の課題を発見する」、いわば「明日」必要になる人材を育成する大学です。これから何が必要になるか、をともに発見し、生み出せる大学になることを目指しています。
中島: どうしても目先の課題に目を奪われがちな現代、とても大切なことですね。例えばコロナ禍後、10年後、20年後にどうなるか、など、先を見通す力は重要です。
本学では、就職先の確保とともに、例えば、18歳人口減に伴い、より研究を深める大学院進学の定着も課題の一つです。どうしても「都心の大学へ」、という流れがある。
平田: 高校生にとって魅力的な大学であるためには、地方大学にも付加価値が必要だと考えています。本学は「観光」と「アート」を結び付けた視点に付加価値がある、といえると思います。少子化の現代、「就職率」とともに重要なのは、「やりがいのある仕事に就けるかどうか」、だと考えています。
中島: 社会自体の変化を理解する。保護者の理解も重要ですね。
平田: 保護者、教員、学生、いわば三位一体の対話と意識改革ですね。
中島: 高大接続・連携も大切な時代です。本学でも「出前授業」などの活動を行っています。高校生にとっては「大学」というところの理解につながりますし、大学側にとっても、今時の高校生の多様なバックグラウンドを知るよい機会になる。
平田: 本学でも地元地域、高校との連携を大切にしています。
中島: 今後はすぐお隣同士の「地の利」を生かし、地方大学として新たな挑戦を開始された芸術文化観光専門職大学様との情報交換の機会があればと思います。本日は貴重なお時間をありがとうございました。
平田: ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
対談の様子(於 鳥取大学 特別会議室)